私やあなたのような運の悪い差別者のための修行法

差別されてきたもの

人類は以下に挙げるような様々なものを差別してきた(そして今も差別している)。

  • 女性
  • 黒人
  • LGBT
  • ユダヤ人
  • 貧しさ
  • 部落
  • 朝鮮人
  • 性風俗従事者

そして最近でも以下に挙げるようなものに対する差別意識は根強い。

  • ビーガン
  • 性嫌悪者
  • ペドフィル
  • 近親相姦
  • 発達障害
  • 反ワクチン運動
  • 反出生主義者
  • 捕鯨
  • ニート

こんなことはもうやめにしよう。

差別の発生

差別は悪い。しかし、このような差別が現在も続き、また次々に生み出されるのは仕方ないとも言える。

我々はまわりに影響されて差別をはじめることが多い。初等教育で初めに学ぶのは、アルファベットでも数字でもなく、男女を区別することだ。男女で制服は分けられ、男女の列に分かれて「前にならえ」を強要される。さくらさんはお花を愛するように育てられ、げんき君は女の子を守ることが正義だと教えられる。

また、差別は巷に溢れている。学校では差別が、友達をつくったり連帯を維持したり友達と楽しい会話をしたりするためのツールになっている。本当に学校だけだろうか?あなたの周りの社会はどうか?

そして、メディアでは「こちら側」とされるものの美点を強調し、「あちら側」の失態をしつこく報道する。これは、ただでさえ内集団バイアスによって自分たちが正しく、「あいつら」は間違っていると考えてしまう、我々の優秀な脳による偏った認知を加速させる。

さらにバイアスの話をすると、さらに根源的な問題として代表性バイアスがある。我々はある集団のたった1人の行動でその集団全体を規定してしまう傾向がある。

差別の減少と反差別闘争の限界

差別は増えていくのだろうか?それとも減っていくのだろうか?私には、これまでの人類の歴史で多くの差別が減ってきたように見える。世界人口のうち差別対象となる割合は以前より減っていて、これからも減り続けると考えられる。もし減っているとすれば、それは当事者や周囲による運動の成果だろう。

我々は世界が良くなっていくことに希望を持つことができる。しかし、これから先も反差別闘争がうまくいくとは限らない。

第一に、被差別者が少なくなっている。差別者に対する被差別者の比は差別が減るにつれ小さくなっていくはずだ。つまり、現在のマイノリティーは量的にも少数者である可能性が高い。アパルトヘイト下で黒人は7割いた。世界の50%は女性だ。同性愛者やバイセクシャルの割合もそれほど小さくはない。このように旧時代の被差別者は人口の一定の割合を保っていたのに対し、現代の被差別者は量的にエクストリームな少数者であることが多い。また、地理的にも分散しているため徒党を組むことが難しく、また、メインストリームなSNSからは排除される1

第二にインターネットの見えなくなる化2と際限のないユーザーレコメンデーションによってオンラインコミュニティーのエコーチャンバー化が進んでいくと考えられる。そのなかで差別心は増幅されより強固になる。インターネットの戦いは、個人対個人の時代からDiscordサーバー間の時代になるかもしれない。

第三に、以前に比べ暴力が行いづらい雰囲気があることである。実際のところは分からないが、ストーンウォールの反乱のようなものはもう起こせないかもしれないと私は思う。

このような状況のなかでも、我々は差別と戦っていくしかない。自分自身の素朴な差別心を攻撃しなくてはならない。差別が悪であるという前提に立てば、差別者を差別することもやめなくてはならない。

修行

そこで私が提案するのは修行をするということだ。以下に修行の手順を説明するので試してみてほしい。

まず、最初にあなたが今1番憎んでいたり嫌っていたり怒っていたりする人間や集団を1つ選ぶ。これは、ニュースに出てきた人間でも、さっきツイッターで炎上していた人間でもなんでもいい。そして、その個人または集団を対象に以下の3ステップを行うのが私の提案する「修行」だ。

第1ステップ 無関心

最初は対象に対して無関心になることを努める。あなたは、対象への憎しみや怒り、嫌悪感などを全て捨てなければならない。もしその対象があなたやあなたの大切な人に危害を加える存在であったとしてもだ。

第2ステップ 正当化

このステップでは対象の嫌いな点や悪であるとされる面をあなたの言葉で正当化する。相対主義的な立場をとれば、この世に正当化できないものはない。それが無理矢理な論理だとしても、あなたの脳内裁判官が下す判決がその対象を無実とすれば、このステップはクリアだ。

第3ステップ 愛

このステップではその対象に愛を向けることを努める。正直このステップは必要がないのかもしれない。人類全員が全ての被差別者に対して第1ステップを終えるだけでも世界は大きく変わるだろう。第2ステップまで進んだ時、差別は歴史だけに登場するものになるだろう。それでも、私はこのステップが1番大事だと信じている。もし、それがあまりにも困難な道だとしても。

試しに「修行」を行ってみただろうか?もしまだなら、自分が以上の3ステップを行うところを想像するだけでもいい。おそらく、ほとんどの人が無理だと感じただろう。しかし、これを続けていけばいつか容易くできるようになるかもしれないと思った人もいるはずだ。私はそう思っているし、私がこれを「修行」と呼んでいるのもそのためだ。

思考法

最後に私が「修行」を行う際によく用いる思考法のようなものをいつくか紹介する。これから修行を行う際の参考にしてほしい。

互いの生きる場所や時代が離れていればお互い幸せになれたかも知れないと考える。

もしあなたとその対象が別の宇宙に生まれていたとして、その問題は発生するのだろうか?

この世界はただの波のようなものだと考える。

我々は物理現象に無理やり意味付けをし、自我や善悪、愛情などが存在すると思い込んでいるだけなのかもしれない。

自分の集団の最も良いところ、相手の集団の最も悪いところだけを見ていないだろうか。

自分のことを棚に上げて他人の弱点を執拗に突くのは はたしてフェアだろうか?

自分は頭が良く相手はアホだという思い込みを捨てて考える。

世界の人間はあなたが思うほど馬鹿じゃないし、あなたはあなたが思うほど頭が良くない。

生まれも才能も成功も全て運であることを考える。

努力できるかどうかも運にすぎない。自分が相手の境遇になったときにどう行動するのかあなたは想像できるだろうか?

相手が何に喜び何に苦しむかを考える。

殺人を行いたい人物が、殺人をすることなく一生を終えるとき、甘いものが好きな人が60年間スイーツを禁止されることと同等かそれ以上の苦しみを味わっているのかもしれない。

さいごに

私もあなたも修行が足りない。もっと修行をする必要がある。差別しない人間に生まれるか、差別者に生まれるかは運によって決まる。差別者に生まれた我々は修行によってこれを克服できるように努めるしかない。強い憎しみを強い愛に変換する技術の存在を信じるべきだ。


  1. JE SUIS YWMG 

  2. 深層ウェブと呼ばれているらしい 

Written on March 11, 2019