児童の肖像は全て児童ポルノとなりうる

声かけ写真展 Advent Calendar 2018の17日目

性的に消費できるあらゆるもの

我々はあらゆるものに対して性的に興奮できる。例えば、典型的な男性の異性愛者は女性の裸体を見て興奮できる。またフェティシズムを持つ人はナース服を着た女性やスーツ姿の女性を見て興奮できるだろう。それは人間の肖像にとどまらない。あるものは風船に対して性的に興奮する。また、あるものはドラゴンクエスト4コママンガ劇場3巻の表紙で興奮できるだろう。このように考えると我々が現在ポルノと呼んでいるもの範囲がいかに狭いかが分かる。

それでは小児性愛者はどうか。その一部は、制服を着た児童を見て興奮できるであろうし、同様に私服の児童を見て興奮できるだろう。

人物の写真は全て人体ポルノだし、児童の肖像は全て児童ポルノだっつってんの。

twitter.com/Qudzillata/status/1067388811452108800

児童の肖像に興奮することについて

以上のことからして、児童のあらゆる肖像は性的興奮の対象となりうる。さて、児童の肖像に対して興奮することは悪か。私は神ではないのでその行為が悪であるかどうかは判断できない。しかし、児童を守るためには、それを法が悪とすることは合理的であると私は考える。Paedophiles use secret Facebook groups to swap imagesという記事ではFacebook上のグループ上で新聞や服のカタログの児童の写真や、ブログに親が載せた子供の写真などが小児性愛者間で交換されていたと書かれている。私はこの問題は法律でカバーするべきだと考える。

児童の肖像は全て児童ポルノ

具体的にどのような法律が考えられるだろうか。私が提案するのは児童の肖像は全て児童ポルノとして扱い、児童ポルノの公開等を禁止するものだ。映画やテレビ番組、SNSなどあらゆるメディアでの児童の肖像の公開を違法とする。

実現可能か

一見、この法律は不可能に見える。現在あらゆるメディアに児童の肖像は溢れている。それを全て消すことなど到底無理に思える。しかし、希望を捨てる必要はない。我々は既に様々な表現規制に成功している。流通する全てのAVで我々は性器を見ることができない。児童ポルノ本やジュニアアイドルのイメージビデオは消えた。そこに児童の肖像が加わるだけだ。

ここから雑になります。

公共の場

公共の場の児童はどうするか。あまり思いつかないが、成人するまでは公共の場に出さないなどの方法が考えられる。

親や教師

家庭や学校にも児童の肖像はある。これに関してはまだ考えていないので皆さんの意見を募集します。

ところで、私は、親や教師という概念に反対しています。

さいごに

誤謬や論理飛躍、事実誤認などが含まれていると思うので見つけたら教えてください。

Written on December 17, 2018